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2024.08.01
【労務】「働き方の多様化を踏まえた被用者保険の適用の在り方に関する懇談会」議論の取りまとめ
厚生労働省から、『「働き方の多様化を踏まえた被用者保険の適用の在り方に関する懇談会」議論の取りまとめ』が公表されました。この議論の取りまとめについては、案の段階の資料が、正式に決定され、「短時間労働者に対する被用者保険の適用範囲の在り方」や「個人事業所に係る被用者保険の適用範囲の在り方」の方向性が示されていることが注目されています。
今後、被用者保険の適用に関する議論は、社会保障審議会の医療保険部会や年金部会等において引き続き行われることになりますが、この懇談会で議論した検討事項は多岐にわたるため、次期制度改正で対応すべき点、中長期的に検討を進める点等、時間軸についても意識しながら検討を行い、必要な制度見直しが着実に進められることが期待されています。
●短時間労働者に対する被用者保険の適用範囲の在り方
週所定労働時間20時間以上、賃金月額8.8万円以上、学生等でないという要件を満たした短時間労働者が、健康保険・厚生年金保険に加入することとなる基準が適用される企業(現在、従業員数100人超。令和6年10月からは、従業員数50人超)について、他の要件に優先して、規模要件(経過措置)を撤廃する方向で検討を進めるべきである。
●個人事業所に係る被用者保険の適用範囲の在り方
健康保険・厚生年金保険の適用事業所に関し、個人事業所については、現在、常時5人以上を使用する非適用業種及び業種に関わらず常時5人未満を使用するものは、強制適用ではなく、任意適用となっています。
この取り扱いに関し、常時5人以上を使用する個人事業所における非適用業種については、5人未満の個人事業所への適用の是非の検討に優先して、解消の方向で検討を進めるべきである。
■「働き方の多様化を踏まえた被用者保険の適用の在り方に関する懇談会」議論の取りまとめ
Ⅰ.はじめに
働き方の多様化が進展する中で、被用者にふさわしい保障を実現するとともに、労働者の働き方の選択に中立的な社会保障制度の構築を進めることが求められている。被用者保険(健康保険・厚生年金保険)においては、近年、適用範囲の見直しを行ってきたところ、その状況も踏まえつつ、今後の対応の在り方について検討していく必要がある。
こうした背景のもと、被用者保険における課題や対応について、社会保障審議会の医療保険部会や年金部会における検討に資するよう、厚生労働省保険局長及び年金局長の招集により、関連分野の有識者や労働者・使用者団体等からなる懇談会を開催することとなった。
2024(令和6)年2月以降、8回にわたって開催してきた本懇談会では、(1)短時間労働者に対する被用者保険の適用範囲の在り方、(2)個人事業所に係る被用者保険の適用範囲の在り方、(3)複数の事業所で勤務する者、フリーランス、ギグワーカーなど、多様な働き方を踏まえた被用者保険の在り方を主な議題として、関係団体へのヒアリングや論点整理を進めてきたところであり、その結果として、本懇談会での議論を取りまとめるものである。
Ⅱ.これまでの被用者保険の適用拡大の状況
(1)制度改正の変遷
短時間労働者への被用者保険の適用拡大の変遷
従来、被用者保険は、フルタイムで働く労働者をその対象の典型とし、一般的な労働者の4分の3以上の労働時間で働く労働者を適用対象としてきたが、女性の短時間労働の増加や、いわゆる就職氷河期世代における非正規雇用労働者の増加等を背景として、2000年代頃から、被用者保険の適用範囲を短時間労働者に拡大することについて検討が求められるようになった。
こうした中、2004(平成16)年の年金制度改正では、短時間労働者への適用について、施行後5年を目途に必要な措置を講ずることとされ、2007(平成19)年に短時間労働者への適用拡大を盛り込んだ法律案が国会に提出されたものの、衆議院解散のため廃案となったが、適用拡大は、社会保障と税の一体改革の議論の中で検討が進められ、3党協議による修正を経て2012(平成24)年の年金制度改正で、2016(平成28)年10月から、従業員501人以上の企業において、週労働時間20時間以上、月額賃金8.8万円以上、雇用期間1年以上見込み、学生でないことという要件を満たす短時間労働者に適用対象が拡大されることとなった。
その後も短時間労働者への適用拡大は、2013(平成25)年の社会保障制度改革国民会議の報告書で引き続き検討課題として明記され、同年に公布された社会保障制度改革プログラム法にも規定された。さらに、2016(平成28)年の年金制度改正では、2017(平成29)年4月から従業員500人以下の企業でも、労使の合意があれば企業単位で適用拡大が実施可能となる等の改正が行われた。直近の2020(令和2)年の年金制度改正では、雇用期間1年以上見込みの要件を撤廃し、企業規模要件を2022(令和4)年10月から従業員101人以上の企業、2024(令和6)年10月から従業員51人以上の企業へと段階的に引き下げていくこととなった。
被用者保険の適用事業所の範囲の変遷
被用者保険が適用される事業所の範囲については、1922(大正11)年に健康保険法が制定された際に、制度実施が比較的容易と考えられた工業的事業のうち、工場法及び鉱業法の適用を受ける事業所を強制適用、これらの法の適用を受けない工業業種を任意適用とする形で始まり、産業発展の状況や適用事務の実現可能性を踏まえつつ、徐々に拡大されてきた。
具体的には、1934(昭和9)年に、物の製造、鉱物採掘、電気、陸上における貨物・旅客運送の業種であって、常時5人以上を使用する事業所、1941(昭和16)年には、貨物・旅客運送の陸上の制限を撤廃し、貨物積卸、焼却・清掃の業種の事業所、1942(昭和17)年に、物の販売、金融・保険、保管・賃貸、媒介周旋、集金の業種の個人事業所及び業種にかかわらず常時5人以上を使用する法人まで拡大された。
同年、厚生年金保険法の前身となる労働者年金保険法が実施されたが、適用範囲は、常時10人以上を使用する物の製造、鉱物採掘、電気、貨物・旅客運送、貨物積卸、焼却・清掃の業種の事業所に使用される男子の労働者とされており、事業所規模などの部分で健康保険法と差が生じていた。労働者年金保険法は、1944(昭和19)年に厚生年金保険法への全部改正が行われ、強制適用範囲は健康保険法の適用範囲と同様となる形で拡大されることとなった。
これ以降、健康保険法と厚生年金保険法の適用範囲については、同様に拡大が進められ、1953(昭和28)年に土木・建設、教育・研究、医療、通信・報道、社会福祉の業種の個人事業所が追加、1984(昭和59)年及び1985(昭和60)年に、法人については従業員規模にかかわらず、全ての事業所が強制適用の対象となった。
個人事業所に係る更なる適用範囲の拡大については、保険料徴収等の面から見て実態把握が困難であることや、小規模で変動が著しい等の技術上の困難性があることなどを理由に、長期にわたり見直しは行われていなかったが、2020(令和2)年の年金制度改正に際して約35年ぶりに検討が行われた。
その結果、弁護士や公認会計士など法律や会計に係る業務を取り扱う士業については、他の業種と比べても、被用者保険が強制適用となる法人の割合が著しく低いこと、さらに、他の業種では事業規模が大きくなると大多数が法人化するのに対し、士業は、法人化に際して個別法に基づく様々な制約があり、法人割合が比較的低いという制度的要因があることといった固有の事情があることから、適用業種に追加されることとなり、2022(令和4)年10月から17業種となっている。
(2)適用拡大の状況等
短時間労働者
2016(平成28)年10月の短時間労働者への適用拡大の開始以降、短時間被保険者数は、2017(平成29)年4月末時点で約31.7万人、2022(令和4)年10月末時点で約75.3万人と着実にその数を増やしており、2024(令和6)年1月末時点で約91.5万人の短時間労働者が被用者保険に加入している。
企業規模要件を従業員101人以上に拡大した2022(令和4)年10月における対象企業への対応状況等の調査によると、適用要件を満たす対象者を適用する方針で調整した企業が過半数を占め、「法律改正で決まったことだから」として受け入れる企業が多かった。一方、対象者と適用しない方針で調整した企業もあり、その理由は、「短時間労働者自身が希望しないから」が約91%であった。
また、対象企業に勤務する短時間労働者への調査によると、適用拡大前に国民年金第1号被保険者であった者においては、約78%が被用者保険に加入したが、第3号被保険者であった者については、約48%が適用されることを回避している。加入した理由としては、「勤め先から言われたから」が多いが、「将来の年金額を増やしたいから」といった被用者保険のメリットを理由とする回答もあった。
一方で、加入しなかった理由としては、「手取り収入が減少するから」が最も多く、「健康保険の扶養から外れるから」といった理由もあった。このことから、第3号被保険者においては被用者保険への加入について、手取り収入の減少を意識し就業調整をしている傾向が見受けられる。
2017(平成29)年4月より開始した、労使合意に基づく任意の適用拡大に関しては、制度施行以降、対象事業所数・被保険者数ともに増加を続けており、2024(令和6)年1月末時点で、約1.1万事業所において、約1.2万人が短時間労働者として被用者保険に加入している。この制度を活用した企業への調査によると、活用理由は「従業員の処遇改善、人材の確保・定着を図るため」、「従業員自身が希望していた」が上位を占め、適用後の変化については、労働者の意欲・生産性向上、離職率低下、人材確保等の観点でメリットがあったとの回答が見られた。
こうした点から、任意の適用拡大を進めることは、人手不足対策の一つとなっていることが伺える。
今後の適用拡大を検討するに当たり、ここ数年で人手不足感が高まっていること、最低賃金額が年々上昇していることにも留意する必要がある。従業員に占めるパート労働者の比率を業種別に見ると、「宿泊業・飲食サービス業」、「教育・学習支援業」、「生活関連サービス業・娯楽業」が高く、こうした業種の状況も踏まえた検討が求められる。
個人事業所
個人事業所に係る適用状況を見ると、適用対象とされる17業種について、2023(令和5)年9月時点において、約57.5万人が厚生年金保険の適用となっている。
既に適用対象となっている17業種を除く非適用業種における常用雇用者が5人以上の個人事業所の状況について見ると、従業員数別では、飲食サービス業(約23.3万人)が最も多く、次いで、洗濯、理容、美容、浴場業(約2.8万人)が続き、事業所数は、飲食サービス業(約3.0万社)、洗濯、理容、美容、浴場業(約0.4万社)とされている。
従業員数・事業所数いずれで見ても、各業種における法人・個人事業所に占める5人以上を使用する個人事業所の割合はかなり低いと言える。また、農業については、従業員を使用しない事業所がほとんどであるが、常用雇用者が5人以上の個人事業所は約0.1万社存在する。
Ⅲ.被用者保険の適用に関する基本的な視点
(1)被用者にふさわしい保障の実現
国民の価値観やライフスタイルが多様化し、短時間労働をはじめとした様々な雇用形態が広がる中で、特定の事業所において一定程度働く者については、事業主と被用者との関係性を基盤として働く人々が相互に支え合う仕組みである被用者保険に包摂し、老後の保障や万が一の場合に備えたセーフティネットを拡充する観点からも、被用者保険の適用拡大を進めることが重要である。
こうした考え方は、近年進めてきた被用者保険の適用拡大の議論の前提であり、2020(令和2)年の年金制度改正時の衆議院及び参議院の厚生労働委員会の附帯決議においても「被用者には被用者保険を適用するとの考え方に立つ」と明記されているほか、被用者保険の適用拡大に関連する議題が取り上げられた「全世代型社会保障構築会議」においても共有されている。
(2)働き方に中立的な制度の構築
労働者の勤め先や働き方、企業の雇い方の選択において、社会保険制度における取扱いの違いにより、その選択が歪められたり、不公平が生じたりすることのないよう、中立的な制度を構築していく観点は重要である。
また、賃上げが進む中で、短時間労働者がいわゆる「年収の壁」を意識した就業調整をすることなく、働くことのできる環境づくりが重要である。その際、被用者保険が民間保険ではなく、要件を満たせば加入する公的保険である意義や、被用者保険への加入は、保険料が生じるものの、将来の年金給付の上乗せや傷病手当金・出産手当金の受給など、労働者にとってメリットがあることを分かりやすく発信していくことが必要である。
(3)事業所への配慮等
今後、適用拡大を進める場合、対象となる事業所においては、適用手続や日々の労務管理等、事務負担が増加するとともに、新たな保険料発生に伴い経営への影響があると懸念される。特に、適用拡大の対象となる労働者を多く雇う事業所や初めて被用者保険の適用事業所となる個人事業所等では影響が大きいと想定される。
そうした点に配慮しつつ、必要な支援策を講じる等、円滑な適用を進められる環境整備が必要である。加えて、事業所のみならず、保険者や日本年金機構の事務負担が増加する点にも留意が必要である。
また、保険者が分立する医療保険制度においては、適用拡大に伴い、国民健康保険の被保険者から健康保険の被保険者となる者、健康保険の被扶養者から別の健康保険の被保険者となる者等、保険者間での移動が生じることとなり、保険者の財政や運営に影響を与えることとなる。
適用拡大の検討に当たっては、被保険者等の構成の変化や財政等への影響を示した上で、保健事業の円滑な実施など保険者機能を確保する視点も含め、医療保険制度の在り方についても着実に議論を進める必要がある。
Ⅳ.短時間労働者に対する被用者保険の適用範囲の在り方
(1)労働時間要件
週の所定労働時間が20時間以上であることは、短時間労働者が被用者保険の適用対象にふさわしい「被用者」としての実態を備えているかどうか等を判断する基準として、雇用保険法の適用基準の例も参考にしながら設定されたものである。
本懇談会の議論においては、2028(令和10)年10月より雇用保険の被保険者の要件のうち、週の所定労働時間を「20時間以上」から「10時間以上」に変更し、適用対象が拡大されること、最低賃金の引上げや非正規雇用労働者の賃上げが進んでいるため、労働時間が週20時間未満であっても賃金要件を満たす場合が出てくること等を踏まえ、本要件の引下げを検討する必要があるとの意見や、全ての労働者に被用者保険を適用することが望ましく、事業所等の負担とは切り離して検討して次期制度改正で引下げを行うべきとの意見があった。
また、労働時間要件や賃金要件は、いずれかに該当すれば適用となる制度に見直すべきとの意見もあった。
一方、これまでの被用者保険の適用拡大においても指摘されてきたように、事業所においては、被保険者が増えることによる保険料や事務負担の増加が経営に大きな影響を与え得ること、短時間労働者が現状よりも更に就業調整を行う可能性、複数事業所で適用要件を満たす事例が増加し、事業所や保険者における事務負担が増加すること等を懸念する意見があった。
また、事業主と被用者や、被用者同士の関係性に基づく、相互の支え合いの仕組みである被用者保険において、法定の労働時間である週40時間の半分である週20時間以上を特定の事業所で働いていることは、保険集団の一体性や連帯感という観点から一定の意義があり、その引下げについては慎重な検討が必要との意見が複数見られた。
さらに、制度面から見ても、雇用保険は雇用関係に内在する失業等のリスクをカバーする唯一の公的保険である一方、健康保険・厚生年金保険は、国民健康保険・国民年金というセーフティネットが存在する国民皆保険・皆年金の下で、個々の雇用関係を超えた業務外の疾病や老齢等のリスクをカバーする公的保険であり、こうした違いも踏まえるべきとの意見があった。
医療保険制度の観点からも、各保険者の財政基盤や保険者機能等に与える影響が大きいことから、適用拡大に一定の歯止めをかけることを含め、関係者の意見も聞きながら検討する必要性が指摘された。
こうした意見を踏まえれば、本要件の引下げについては、雇用保険の適用拡大等を踏まえ検討が必要との見方がある一方、これまでの被用者保険の適用拡大においても指摘されてきた保険料や事務負担の増加という課題は、対象者が広がることでより大きな影響を与えることとなる。
また、雇用保険とは異なり、国民健康保険・国民年金というセーフティネットが存在する国民皆保険・皆年金の下では、事業主と被用者との関係性を基盤として働く人々が相互に支え合う仕組みである被用者保険の「被用者」の範囲をどのように線引きするべきか議論を深めることが肝要であり、こうした点に留意しつつ、雇用保険の適用拡大の施行状況等も慎重に見極めながら検討を行う必要がある。
(2)賃金要件
賃金が月額8.8万円(年収換算で約106万円相当)以上であることは、これよりも低い賃金で被用者保険を適用した場合、国民年金第1号被保険者より低い負担で基礎年金に加え、報酬比例部分の年金も受けられるようになることから、負担や給付水準とのバランスを図るために、設定された基準である。
本懇談会の議論においては、全ての労働者に被用者保険を適用することが望ましく、更なる適用拡大を進める観点から、引下げを検討する必要があるとの意見があったが、本要件を引き下げると、時間要件同様に、被保険者が増えることによる保険料・事務負担の増加や国民皆保険・皆年金の下で事業主と被用者との関係性を基盤として働く人々が相互に支え合う仕組みである被用者保険の「被用者」の範囲の線引きについて課題が生じることとなる。
本要件特有の論点として、国民年金保険料よりも低い厚生年金保険料で報酬比例部分を含む年金額を受給することとなる点を懸念する意見や、就業調整の基準として意識されている本要件を現時点で積極的に動かす理由は見当たらないとの意見があった。一方、最低賃金の引上げに伴い労働時間要件を満たせば賃金要件も自動的に満たすようになってきており、必ずしも本要件を設ける必要はないとの意見もあった。
こうした意見を踏まえれば、本要件の引下げについては、これまで対象としていなかった働き方をする労働者に適用範囲を広げるという点で、労働時間要件の引下げの検討で指摘された論点と同様の側面がある。同時に、本要件特有の論点として、年収換算で約106万円相当という額が就業調整の基準として意識されている一方、最低賃金の引上げに伴い労働時間要件を満たせば本要件を満たす場合が増えてきていることから、こうした点も踏まえて検討を行う必要がある。
また、関連する論点として、賃金要件を見直す際には同時に被用者保険の被扶養者の収入基準も引き下げる必要性が指摘されたほか、健康保険法における標準報酬月額の下限である5.8万円については、2005(平成17)年の最低賃金水準を踏まえて設定されて以降、見直しが行われていないため、最低賃金の引上げの状況や標準報酬月額5.8万円などの等級に属する被保険者の実態等を踏まえ、見直しを行う必要性が指摘された。
(3)学生除外要件
学生を適用対象外とすることは、短期間で資格変更が生じるケースが多いため手続が煩雑になるとの考えから、設定されたものである。
本懇談会の議論においては、就業年数の限られる学生を被用者保険の適用対象とする意義は大きくないこと、実態としては税制を意識しており適用対象となる者が多くないと考えられること、適用となる場合は実務が煩雑になる可能性があること等の観点から、本要件については現状維持が望ましいとの意見が多く、見直しの必要性は低いと考えられる。
(4)企業規模要件
他の3要件を満たす短時間労働者について、被用者保険の適用対象となる企業等を従業員数が一定以上の規模に限ることは、中小の事業所への負担を考慮して、激変緩和の観点から段階的な拡大を進める目的で設定されたものである。本要件は法律上の位置付けが、他の要件と異なり、法律本則ではなく、2012(平成24)年改正法の附則に「当分の間」の経過措置として規定されている。
本懇談会の議論においては、事業所への影響の観点から慎重な意見も見られたが、労働者の勤め先や働き方、企業の雇い方に中立的な制度を構築する観点から、経過措置である本要件は撤廃の方向で検討する必要があるとの見方が大勢を占めた。
併せて、本要件を撤廃する際に対象となる事業所は従業員数50人以下の中小事業所であり、対象となる事業所数が多いこと、各事業所における保険料等の新たな経済的負担や適用手続・従業員への説明等の事務負担が大きいと想定されることから、必要な支援策を講じ、事業所の負担軽減を図ることが重要との認識が共有された。
具体的には、段階的な適用の要否を検討することも含めた準備期間の十分な確保、専門家による事務支援、適正な価格転嫁に向けた支援が必要との指摘のほか、現在の支援策の実施状況を踏まえつつ、生産性向上等で活用可能かつ申請が簡便な助成金を検討すべきとの指摘など、様々な意見があったところであり、実態を踏まえた配慮措置を検討することが求められる。
また、本要件の撤廃による保険者の財政や運営に対する影響を懸念する指摘もあった。加えて、労働者の働き方や事業所における人材確保への影響が懸念されることから、被用者保険が民間保険ではなく、要件を満たせば加入する公的保険であることの意義、被用者保険適用に伴う変化やメリットが、労働者や事業主に正しく伝わるよう、公的年金シミュレーター等の広報ツールを活用し、周知・広報にしっかり取り組むべきとの指摘もあった。
こうした意見を踏まえれば、経過措置として設けられた本要件については、他の要件に優先して、撤廃の方向で検討を進めるべきである。併せて、事業所における事務負担や経営への影響、保険者の財政や運営への影響等に留意し、必要な配慮措置や支援策の在り方について検討を行うことが必要である。
Ⅴ.個人事業所に係る被用者保険の適用範囲の在り方
被用者保険が適用される事業所の範囲については、1922(大正11)年に健康保険法が制定された際に、制度実施が比較的容易と考えられた工業的事業のうち、工場法及び鉱業法の適用を受ける事業所を強制適用、これらの法の適用を受けない工業業種を任意適用として始まり、産業発展の状況や適用事務の実現可能性を踏まえつつ、徐々に拡大されてきたものである。
本懇談会の議論においては、事業所への影響の観点から慎重な意見も見られたが、労働者の勤め先や働き方、企業の雇い方に中立的な制度を構築する観点や、強制適用となる業種の追加が断続的に行われていた1953(昭和28)年までと比べると、我が国の産業構造が変化してきたこと、業種については制度の本質的な要請による限定ではなく合理的な理由は見出せないこと等から、まずは、常時5人以上を使用する個人事業所における非適用業種を解消する方向で検討する必要があるとの見方が大勢を占めた。
併せて、非適用業種を解消する際に対象となる事業所は、規模の小さな事業所が大半を占めることや、既に業種問わず適用事業所となっている法人とは異なり、新たに被用者保険の適用事業所となること等から、短時間労働者の適用要件の見直し以上に、事務負担や経営への影響が懸念されるため、実態を踏まえながら、きめ細かな支援策が必要との認識が共有された。
具体的には、準備期間の十分な確保、専門家による事務支援、適正な価格転嫁に向けた支援が必要との指摘のほか、現在の支援策の実施状況を踏まえつつ、生産性向上等で活用可能かつ申請が簡便な助成金を検討すべきとの指摘など、様々な意見があったところであり、実態を踏まえた配慮措置を検討することが求められる。また、保険者の財政や運営に対する影響を懸念する指摘もあった。
5人未満の個人事業所については、中立的な制度を構築する観点から本来的には適用するべきとの意見や、事業所の事務処理能力とは切り離して検討し、別途支援策を講じた上で次期制度改正において対応すべきとの意見があった一方、対象となる事業所が非常に多いため、その把握が難しいと想定されること、国民健康保険の被保険者のうち一定の勤労所得を有する者が被用者保険に移行することとなれば、国民健康保険制度への影響が特に大きいこと等から、慎重な検討が必要との意見もあった。
こうした意見を踏まえれば、常時5人以上を使用する個人事業所における非適用業種については、5人未満の個人事業所への適用の是非の検討に優先して、解消の方向で検討を進めるべきである。併せて、見直しを行った場合に対象となる事業所は新たに被用者保険の適用事業所となる小規模事業者が大半であることも踏まえ、事務負担や経営への影響、保険者の財政や運営への影響等に留意し、必要な配慮措置や支援策の在り方について検討を行うことが必要である。
Ⅵ.多様な働き方を踏まえた被用者保険の在り方
(1)多様な働き方の実態
被用者保険は従来、特定の事業所において一定程度働く労働者を、被用者や事業主による支え合いの仕組みに包摂してきたが、近年、働き方の多様化が進み、複数の事業所で働く者、フリーランスとして独立する者やプラットフォームワーカー等が増えてきている。
副業を希望する雇用者は増加傾向にあり、本業も副業も雇用される形で働いている者は、2022(令和4)年時点で、約169.8万人となっている12。副業をしている者の本業の所得を見ると、299万円以下の者が副業している者の約67%を占めている。
本業がフリーランスとして働く者は、現在約209.4万人おり、業種別では、「建設業」が約49.7万人、「学術研究、専門・技術サービス業」が約36.7万人と他業種よりやや多いものの12、様々な業種に存在することが見て取れる。また、フリーランスの働き方は、雇用契約がないものの労働者に近い働き方から、従来の自営業者に近い働き方まで幅広く、多様である。
(2)複数の事業所で勤務する者
事業主と被用者との関係を基盤として働く人々が相互に支え合う仕組みである被用者保険の適用においては、事業所単位で適用要件を満たすか判断するため、複数の事業所で勤務する者については、労働時間等を合算することなく、それぞれの事業所における勤務状況に応じて適用を判断している。
複数の事業所で適用されることとなった場合、厚生年金保険においては、本人からの届出により主たる年金事務所を選択した上で、それぞれの事業所における給与を合算した額に基づき、保険料を負担し、年金給付を受けることとなる。健康保険においては、労働者本人からの届出により保険者を選択し、選択した保険者から健康保険証が発行されることとなる。保険料は、年金同様にそれぞれの事業所における給与を合算した額に基づき負担し、傷病手当金や出産手当金の現金給付についても、合算した額に基づき支給されることとなる。
本懇談会の議論においては、複数事業所での労働時間等を合算すれば適用要件を満たす者について、全ての労働者に被用者保険を適用する観点から適用対象とすることが望ましいとの意見がある一方、事業所側で複数事業所勤務の状況を把握するのが困難であること、医療保険者の事務負担が大きいこと等、実務的な課題が多く指摘された。
この点については、雇用保険においては、同時に2以上の雇用関係にある労働者について、当該2以上の雇用関係のうち、当該労働者が生計を維持するに必要な主たる賃金を受ける1つの雇用関係についてのみ被保険者となるが、2022(令和4)年から65歳以上の労働者に限り本人からの申し出を起点として2つの事業所の労働時間を合算して適用する制度を試行し、2027(令和9)年を目途に検証することとされていることから、こうした制度の状況を踏まえて検討するべきとの意見や、マイナンバーやIT技術の活用等も視野に入れて検討するべき、現行の適用事務は事業所の事務負担が大きいことからまずは手続の合理化を進めるべきとの意見があった。
また、合算制度を導入する場合、1つの事業所のみで見ると週5時間や10時間といった労働時間の者も適用されることとなることに対して、被用者保険の適用対象にふさわしい「被用者」としての実態を備えていると言えるのかという課題や、事業主側から見て同様の働き方をしているにもかかわらず、一方は複数事業所勤務で合算により適用要件を満たし、他方は単独事業所勤務で適用要件を満たさない状況が生じることから、前者のみに対して、事業所が保険料を負担する正当性をどのように見出すか、制度論的な観点から検討する必要性も指摘された。
こうした意見を踏まえれば、複数の事業所で勤務する者について、労働時間等を合算する是非は、マイナンバーの活用状況や雇用保険の施行状況等を参考に、実務における実行可能性等を見極めつつ、慎重に検討する必要がある。その上で、まずは現行の事務手続を合理化し、事務負担軽減が図られるよう、具体的な検討を進めるべきである。
(3)フリーランス等
被用者保険においては、適用事業所に労務を提供し、その対価として給与や賃金を受ける使用関係がある者を「被用者」として被保険者としている。使用関係は、形式的な雇用契約によらず、実態に即して判断されることとなる。
フリーランスと呼称される方々については、様々な働き方があるが、その中でも、業務委託契約でありながら、実態としては被用者と同様の働き方をしている者については、本来、被用者保険が適用されるべき者である。
こうした者の適用を確実なものとしていくため、2023(令和5)年、労働基準法上の労働者に該当する場合については、被用者保険においても被用者と認められることを明確化した上で、労働基準監督署において労働者であると判断した事案について、日本年金機構が情報提供を受け、その情報を基に適用要件に該当するか調査を行うことができる環境を整備した。
諸外国においては、働き方の多様化、プラットフォームワーカーの拡大等の状況に対応するため、労働法制において推定方式の導入等が検討されており、我が国においても、こうした国際的な動向を踏まえ、厚生労働省で開催している労働基準関係法制研究会にて、労働基準法上の労働者について議論が進められている。
本懇談会においては、上記を踏まえ、労働基準法上の労働者に該当しない働き方をしている者への対応を中心に議論を行った。まず、こうした者の中でも、労働者に近い働き方をしているケースがあることから、労働者性・被用者性の概念をどう整理するかが必要であることが多く指摘され、まずは、労働法制における議論の状況等を注視し、それを踏まえて検討を進めるべきとの意見があった。
また、労働者性が認められる場合でも、雇用の流動性が高い働き方であれば、医療保険制度では保険者の変更が頻繁に起きる可能性や、労働者性の判断に疑義が生じた場合、裁判になると、結論を得るまで時間がかかる点に課題があるとの意見もあった。
従来の自営業者に近い働き方の者に関しては、労働保険(労災保険・雇用保険)と異なり、国民皆保険・皆年金として国民健康保険や国民年金というセーフティネットが存在していることを踏まえ、労災保険の特別加入のような別途の仕組みを設けることには慎重な検討が必要とする意見や、医療保険制度では制度間の差が傷病手当金や出産手当金の現金給付に限られるため、国民健康保険の側の給付を充実させる方向も考えられるのではないかとの意見、収入など自身の置かれた
状況を踏まえて被用者保険への加入・非加入の調整が生じないような仕組みを構築する必要があるとの意見、小規模企業共済のように被用者保険制度以外での支援も考えられるとの意見等、様々な観点から、被用者保険の適用を検討することに慎重な姿勢が示された。
こうした意見を踏まえれば、フリーランス等の働き方や当事者のニーズは様々であるが、現行の労働基準法上の労働者については、被用者保険の適用要件(雇用期間や労働時間等)を満たせば適用となることから、適用が確実なものとなるよう、労働行政との連携を強化しており、その運用に着実に取り組んでいくべきである。
その上で、労働基準関係法制研究会において、労働基準法上の労働者について国際的な動向を踏まえて検討がなされており、まずは、労働法制における議論を注視する必要がある。また、従来の自営業者に近い、自律した働き方を行っているケースについては、被用者保険が事業主と被用者との関係性を基盤として働く人々が相互に支え合う仕組みであること、医療保険制度や年金制度においては、労働保険と異なり、国民健康保険・国民年金というセーフティネットが存在することを踏まえ、諸外国の動向等を注視しつつ、中長期的な課題として引き続き検討していく必要がある。
Ⅶ.おわりに
本懇談会では、被用者保険の適用の在り方について、業界団体・労働者団体をはじめとする13の関係団体からヒアリングを行った上で、短時間労働者、個人事業所、複数の事業所で勤務する者、フリーランス等とそれぞれの観点から議論を重ねてきた。
働き方が多様化する中で、被用者にふさわしい保障を実現していく意義や、働き方に中立的な制度を構築していく重要性は、基本的な方向として共通の認識が得られた。一方で、現行制度の見直しは、対象となる事業所において新たな負担が生じるほか、労働者の働き方や医療保険制度の在り方、保険者の財政等にも大きな影響があることから、そうした点に配慮しつつ、関係者の意見を伺いながら丁寧に議論していくことが不可欠である。
今後、被用者保険の適用に関する議論は、社会保障審議会の医療保険部会や年金部会等において引き続き行われることとなるが、本懇談会で議論した検討事項は多岐にわたるため、次期制度改正で対応すべき点、中長期的に検討を進める点等、時間軸についても意識しながら検討を行い、必要な制度見直しが着実に進められることを期待する。
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参照ホームページ[厚生労働省]